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広島高等裁判所 昭和43年(ネ)22号 判決 1970年9月29日

控訴人

久保田菊己

代理人

星野民雄

大野正男

被控訴人

日本国有鉄道

代理人

鵜沢勝義

外五名

主文

原判決を取消す。

控訴人と被控訴人との間に雇用関係が存在しているを確認する。

被控訴人は控訴人に対し金一二万四、〇〇〇円を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、控訴人が、被控訴人に職員として雇用されていたこと、昭和四二年二月二八日被控訴人は控訴人に対し国鉄法第三一条により、懲戒免職する旨の意思表示をしたこと、その理由は、同月一五日に控訴人に交付された事前通知書によれば、控訴人が、昭和三四年九月二四日山口県湯田において中国、四国教育研究協議会の開催に対し反対運動に加わつていた際に現場にいた警察官の職務を妨害し、昭和四二年二月一四日公務執行妨害罪により控訴人を懲役六月、執行猶予二年に処する旨の判決が確定したというにあつたこと、右理由にあるように控訴人が前記協議会反対運動に参加していたことおよび、前記罪名にもとづく前記刑が確定したことは当事者間に争いがない。

二、<証拠>によると次の事実が認められる。

昭和三四年九月二二日から三日間、文部省と山口県教育委員会が共催で、中国、四国教育課程研究協議会が、山口市湯田所在の松政旅館で開催された。右協議会は、文部省が昭和三三年の教育課程審議会の答申等にもとづき、中学校における教育課程を企画的に改訂した趣旨を徹底させるために開催されたものであるが、日本教職員組合(以下日教組という)では右改訂は国家権力により教育統制を行おうとするものであるとして、これに反対の立場を明らかにしており、右組合に属する山口県教職員組合(以下県教組という)も右立場に従い、前記協議会開催取止め要求を山口県教育委員会になすなど反対運動を展開していたが昭和三四年九月頃には、中国、四国地区の各県労評、県教組、炭坑労働組合等の労働組合、および日教組の各代表により共同闘争委員会が結成され、前記協議会の開催にあくまで反対し、その参加者に不参加を呼びかけるなどの反対運動を行う方針を定めていた。

ところで、控訴人は昭和四一年四月一八日から被控訴人の職員として勤務し、国鉄労働組合員となつていたが、同組合中央執行委員会が前記日教組の反対運動の支援を指令し、これを受けた広島地方本部が傘下に指示を出したところから、控訴人も、前記協議会反対闘争に加わることとなつた。そして、協議会最終日である昭和三四年九月二四日午前八時四〇分頃、その参加者が貸切バスに分乗して前記松政旅館前を出発した直後、同旅館附近の栗田商店前路上で警察官多数と国鉄労働組合員等を中心とする反対運動者多数が接触し、混乱してきた。その頃反対運動者等の後方で本件反対運動をめぐる犯罪予防のための警備、犯罪捜査のための情収報集および採証等職務を執行中の山口県厚狭警察署勤務山口県警部補谷喜市が、反対運動者の一人が警察官に暴行を加えるのを現認し、附き添つていた部下の松村巡査に右場面の撮影を命じたところ、右反対運動者らの中にいた控訴人がこれに気付き、突然振り向いて、前記谷警部補を指さし、「こいつを巻き込め」と他の反対運動者に対し叫んだので、危険を察知した同警部補は直ちに難を避けるべく車道を横断しかけたが、控訴人は他二、三名と共にその後を追いかけ、逃げ場を失い再び栗田商店前路上に引き返えし、反対運動者らの間に割り込もうとした同警部補の腰部附近に背後から抱きついて一旦捕えたが、同警部補はこれを振り切つてその場を逃れ、附近の翠山荘裏側空地に逃げ込んだこと、右所為により控訴人が前記のように刑の言い渡しを受け、昭和四二年二月一四日右判決が確定した後に被控訴人総裁が、前記のように同月二八日右事由が国鉄法第三一条第一項第一号、日本国有鉄道就業規則第六六条第一七号の「著しく不都合な行いのあつたとき」に該当するものとして控訴人を懲戒免職処分にしたものである。(右判決の確定したこと、および控訴人が懲戒処分に処せられたことは当事者間に争いがない。)

三、そこで以下に、控訴人が前記認定の所為をなし刑に処せられたことが前記就業規則第六六条第一七号の「著しく不都合な行い」に(従つてまた国鉄法第三一条第一項第一号)に該当し、かつ懲戒免職処分に処するのが相当であるか否かについて検討する。国鉄法第三一条は、被控訴人総裁が、その職員を懲戒処分しうる場合として、職務上の義務に違反し又は職務を怠つた場合(同条第一項第二号)と別に「この法律又は日本国有鉄道の定める職務上の規程に違反した場合」(同第二号)と規定しているのであつて、右の「業務上の規程」とは、国鉄が公共企業体として運営されている趣旨からみて、単に国鉄職員が被控訴人の営む事業に従事するについて直接必要とされるものに限らず、事業外の事項であつても広くその事業の円滑な維持、発展をはかるための規定をも包含しているものというべく、したがつて国鉄職員の事業遂行と直接関係のない行為であつても右目的からの規制が必要とせられる範囲のものは右規程の対象としうるものと解すべきである。

ところで、<証拠>によれば、前記就業規則第六六条は国鉄職員に対する懲戒事由として一七の事由を挙げており、その(1)ないし(15)の事由は国鉄職員の職務に関連した事由を規定していることが認められるが、その(16)号には「職員としての品位を傷け又は信用を失うべき非行のあつたとき」との規定があり、同号の事由は国鉄職員の業務外の行為を含む趣旨であることが文言上からもうかがわれるところであり、同号に続いて懲戒事由を概括的に規定した同(17)号の「その他著しく不都合な行いのあつたとき」というのも、業務上の非行に限定する趣旨のものと解すべきではない。ただ、近代的雇用関係においては、使用者は原則として被用者の勤務と関係のない私生活上の行動にまで支配権を持ち得ないことを考慮すると、職員の職場外の非行については、前記(16)号又は(17)号に該当するものとして懲戒処分に付する場合は、その非行の性質、態様に照らし、被控訴人の事業維持の立場からみて他の職員に悪影響をもたらし、ひいては事業内における秩序ないし労務の統制を乱すおそれが客観的に認められる場合に限ると解すべきである。

右の見地から本件懲戒処分を検討すると、本件懲戒処分の対象となつた控訴人の所為は前記認定のように犯罪捜査に関する職務を執行中の警察官に暴行を加えた公務執行妨害行為であり、右所為はもとより現行法秩序のもとにおいて許容されるものではなく、とくに被控訴人が公法人であつて、国が国有鉄道事業特別会計をもつて経営している鉄道事業その他一切の事業を経営し、能率的な運営により、これを発展せしめ、公共の福祉を増進することを目的として設立されたものであつて(国鉄法第一、二条)高度の公共性を有することを考慮すると本件におけるようにその職員が国家機関の職務を暴力により妨害する如き犯罪行為を行つた場合、これを放置するときは被控訴人の経営する事業内における秩序ないし労務の統制を乱すおそれが客観的に認められるものといわなければならないから、控訴人が本件所為をなして前記刑に処せられた事実は前記就業規則第六六条第(17)号、国鉄法第三一条第一項第一号の懲戒事由に当るものと解するのが相当である。

そこで次に右事由にもとづき控訴人を免職処分に処するのが相当か否かの点について検討すると、国鉄法第三一条第一項は同第一または第二号に該当する行為を職員がなした場合には懲戒処分として免職、停職、減給または戒告の処分をすることができると規定し、前記就業規則第六七条も、懲戒処分として右四種のものがあり、懲戒を行う程度に至らない者は訓告するとのみ規定し両者とも右四種の懲戒処分を選択すべき基準について特に定めていないが、右四種の処分が、被懲戒者に与える不利益はそれぞれ差異があり、特に免職処分は他の処分と異なり、国鉄職員を企業外に排除し、その後の社会生活にも重大な影響を与えるものであつてその生活の基盤を奪うものといつても過言でないところの最も厳しい制裁処分であるから、国鉄職員に懲戒処分に付すべき所為があつた場合においても右免職処分の選択は、被控訴人総裁の自由な裁量に委ねられるものではなく、事件の原因、態様、結果、事件前後における被懲戒者の態度、他の職員に対する影響等諸般の情状を検討し、特にその情状が悪く懲戒免職処分に付するのが客観的に妥当かつ必要と認められる程のものである場合にのみ右処分に付しうるものと解するのが相当である。

そこで本件について検討すると、控訴人のなした本件所為は、前記認定のように国鉄労働組合員であつた控訴人が、上部団体からの指令もあつて前記教育研究協議会開催に対する反対運動に加つていたところ、多数の警察官と反対運動者らが接触し混乱する場において、警察官が反対運動者の行動について部下に写真撮影を命じたのを現認したところから本件所為をなすに至つたもので、偶発的な行為といわなければならないし、本件所為の内容も警察官を追いかけ、同人の背後から腰部附近に抱きついた程度に終つており、その後警察官は控訴人の手許からは逃れており、右所為による法益侵害の程度は左程重大なものとは認められず(右所為により受傷したことを認めるに足る証拠もない。)、本件所為の罪質は、もとより軽視しえないものではあるが、その犯情は特に悪質なものとは認められない。前記説示のように職員の職場外の所為にもとづき懲戒、ことに免職処分に付する場合は、それが事業内の秩序等に対して及ぼす影響が直接的でないだけに特に慎重な考慮が必要であつて、本件所為および刑事処分を受けたこと自体はその犯情からみると、被控訴人の企業内および対外的影響を考慮に入れても、控訴人を企業外に放逐する本件処分に付さなければならない程悪質な事由とは到底解しえないのである。

なお、被控訴人は、本件懲戒処分を決定するについて考慮すべき情状として、控訴人には本件以外に国鉄法第三〇条第一項第二号による休職処分一件、同法第三一条による懲戒処分五件を受けたことがある旨主張し、<証拠>によると次の事実を認めることができる。

(1)  昭和三二年七月一六日控訴人は、国鉄労働組合の解雇処分等各種処分の撤回および待遇改善闘争に参加していていた際、他三名の同組合役員とともに、勤務時間内職場集会に参加しなかつた下関車掌区の内勤職員二二名に対し、他の多数の組合員の協力をえて、強引に各自の手を引張り、両脇を抱え込み、あるいは背後から押し突くなどして、下関車掌事務所内から階下講習室に強制連行する暴行を加え、右所為について暴力行為等処罰に関する法律違反の罪で起訴され、このため昭和三二年一〇月一一日付で国鉄法第三〇条第一項第二号により休職を命ぜられ、その後、昭和三八年一〇月頃右罪名により罰金一万五、〇〇〇円に処する旨の判決が確定した。

(2)  右の処分のほか、控訴人は、次の各処分を受けている。

(イ)  昭和三五年六月四日長門一の宮駅において第二一二列車車掌の職務を妨害したことにより、同年七月二〇日付で戒告処分。

(ロ)  昭和三六年三月四日厚狭駅において、列車等にビラをはつたことにより、同月二二日付で戒告処分。

(ハ)  昭和三九年九月一一日小野田駅構内において列車等にビラをはつたことにより同年一一月八日付で戒告処分。

(ニ)  昭和四〇年四月三〇日長門市駅構内において、国鉄乗務の正常な運営を阻害したことにより、同年六月一六日付で一月間俸給の一〇分の一の減給処分。

(ホ)  昭和四一年四月二一日および二四日、厚狭駅構内並びに同月二一日、二四日および二五日、小野田駅構内において、薗所長の許可なく建造物等にビラをはつたことにより、同年八月一六日付で一月間俸給の一五分の一の減給処分。

ところで、本件懲戒免職処分の理由となつた事由は前記のように控訴人が公務執行妨害行為をなし、前記刑に処せられたことであつて、前記事前通知書には、前記(1)、(2)の各処分事由は記載されていないことは前記の通りであるが、処分理由として明記された事由に加えて被懲戒者の懲戒時に至るまでの勤務態度、非行歴、処分歴等の情状を考慮したうえ懲戒処分の種類およびその程度を決定しうるものと解すべきであり、また、爾後において右処分決定の相当性を判定する場合にも当然これを考慮しうるものと解すべきであつて、前記事前通知書に記載がない限り、処分の相当性の判断の際に考慮しえないものと解すべきではない。

そこで、前記認定の各処分事由を検討するとまず控訴人は本件事件以前に前記の刑事々件を起こしており、これによる休職処分中に本件事件を行つているのであるから、本件処分を決定するについて、もとより軽視することのできない事情といわなければならない。しかし、<証拠>によれば、前記職場集会は、公共企業体労働委員会が構成する仲裁委員会の示した仲裁々定が、国鉄当局および政府により国鉄予算上の実施不能を理由に数回にわたり多額の不履行を重ねられてきた事態に対する国鉄労働組合の抗議反撥を基盤とし、当局に対する過去数度の仲裁々定の完全実施と昭和三二年七月一〇日になされた国鉄職員に対する解雇処分の撤回を求めることを目標としたものであり、前記のように不参加の意思を明らかにしている組合員に対する職場集会への参加勧誘が説得の程度を超え、暴力行為と認められる程度に至つたことは遺憾であるが、前記仲裁々定が前記組合の争議行為を禁止した代償として認められた制度であるだけにその動機には汲むべきものがあるのみならず、右事件は要するに控訴人その他の者が組合内部における統制に焦慮するあまり、勢余つて惹き起した事件であつて、単なる加害を直接の目的とする粗暴事件と同視するのは相当でなく、幸いその被害も重大でなかつたのであつて、右事件についての刑も前記罰金刑に止められていることを考慮すると、右事件を起こし、休職中であつたことは、控訴人を本件事由にもとづき懲戒免職処分にしなければならない程の事情とは認め難いのである。

また、控訴人は、前記(2)記載のように五回にわたり戒告および減給処分を受けており、これらの事実は本件処分を決定するに際し、当然考慮しうる事情であること前記のとおりであるが、これらは、控訴人が本件事件を起こして後約七年半を経過して本件処分を受ける迄の間に生じたものであり、いずれも本件事実とは異なり、控訴人がその職場内で組合活動をしたことに附随する事件であることがうかがわれ、これらに対する処分も戒告、減給という比較的軽いものであることを考慮すると、これらの処分歴のあることを処分決定の当否についての判定資料に加えても、本件は懲戒免職処分に処することが妥当かつ必要な事案とは認め難いから、本件処分は国鉄法第三一条、前記就業規則第六六条、第六七条の解釈適用を誤つた無効なものであり、仮りに右各規定が被控訴人総裁に対し、懲戒処分の選択についての裁量権を与えているものとしても、以上に説示した点を考慮すると本件は懲戒権の裁量の範囲を逸脱した無効な処分といわなければならない。

四、なお、被控訴人は国鉄職員の雇用関係は公法関係であつて、本件懲戒免職処分は公法上の行政処分であるから外観上明白で、かつ、重大なかしが存しない以上、右処分は無効とならない旨主張するが、その理由のないことは原判決が説示するとおりであるから、ここに原判決一二枚目末行の「けだし」から一三枚目四行末尾までの記載を引用し、なお次のとおり補充する。

被控訴人は、その資本金について全額政府の出資を受け、かなり多くの面で国家の統制を受けているけれども、鉄道事業等を営む政府と独立した公法上の法人であつて、その事業内容は同種の私企業におけるものと特に異るところはなく国家権力の行使とは直接関連性のないものである。もつともその役員の任免、事業経営、予算、会計等の点について国家の統制を認める法的規制がなされており、国鉄法、公労法の規定には、職員の任免の基準、給与、分限、懲戒、職務専念義務などにつき国家公務員に関するものと類似の規定がなされているけれども、これらは被控訴人が従前国家の行政機関によつて運営されていた鉄道事業等をそのまま引き継いだ沿革と、全国的な規模で鉄道事業等を営むという高度の公共的性格からの規制とも理解しうるものである。また、被控訴人の職員およびその組合は賃金、労働時間等の労働条件や昇職、降職、休職、免職等について広い範囲の団体交渉権を認め、被控訴人当局と対当な立場で自由に協定することができること(公労法第八条)、被控訴人と職員との間に発生した紛争を解決するために調停、仲裁の制度が設けられていること(同法第二七条ないし第三五条)も、被控訴人と職員の雇用関係を対等当事者間の私法関係とみる立法的立場を表わしたものとも解しうるものであつて、公共企業体である被控訴人についての関係法規全般を検討すると、その職員の雇用関係は一般私企業における従業員の関係とは異る点があるとはいえ、本来行政権力の行使を委ねられている一般公務員の場合とは異なり、基本的には私法関係というべきであつて、被控訴人総裁が国鉄法第三一条第一項によつて行う免職処分も行政庁の公権力の行使たる行政処分とはいいえない。被控訴人のこの点の主張は採用できない。

五、以上のとおり被控訴人総裁のなした本件懲戒免職処分が無効である以上、被控訴人と控訴人との間の雇用関係はなお継続し、控訴人は被控訴人に対し右処分後の賃金債権を有するものというべきところ成立に争いのない甲第五号証によれば、本件処分がなされた当時、控訴人の給与額は一か月三万一、〇〇〇円であつたことが認められるから、控訴人の被控訴人に対し雇用契約が存在していることの確認および、すでに履行期の到来したことが明らかな昭和四二年三月から同年六月まで四か月分の給与合計金一二万四、〇〇〇円の支払を求める本訴請求は理由があり、認容すべきである。これと異なる原判決は失当であつて取消しを免れない。

よつて、民訴法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(柚木淳 加藤宏 大石貢二)

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